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        写真集「Passers-by 静かな肖像 」Essay
 

写真は2000〜2004年にかけて青山、表参道を中心に、東京の街で出会った人達を撮影したものです。

作品を撮り始めたこの年、私の人生もドラスチックに変わり、生きて行く事そのものに、自信を失った年でもありました。私の住まいの近くでもある、表参道、青山に出掛け、毎日のように、並木の柵に腰掛けたり、通りに面したカフェの席で、ただ通り過ぎていく人々を眺めていました。それぞれの人達が自分の人生を演じる舞台の登場人物のように、次から次と色々な個性の人達が、私の目の前を通り過ぎて行きます。その一人、一人の人生を想像しながら眺めていると、飽きる事が無く、その時だけは、すべてを忘れていることが出来ました。

その人々の中で特に際立った空気感を持った人がいます。この人達の持つ存在感は何なのでしょうか? この人達をフィルムに残してみたいと思うようになりました。しかし、それまで撮られる為に待っている人を撮影したことはあっても、まったく見も知らない人にカメラを向けた事はありませんでした。その行為は何か、暴力的な気がして、私にはとても出来ない事だと思っていました。

しかし、すべてを失った私には、写真を撮ることだけしか残されていませんでした。ある日、やっと決心してシンプルな一眼レフカメラに50m/mの標準レンズを付けて、いざ街に出掛けました。これらは仕事の時、メーンのカメラにトラブルが生じた時、緊急用のサブカメラとして、いつもカメラバッグの底に眠っていた機材でした。これなら人にカメラを向けても警戒される事は少ないと考えたのです。結局それから、この機材だけで作品を撮影してきました。

街には出たものの、始めは恐くてなかなか人にカメラを向けられず、遠くから相手の視線の無い写真を撮っていました。そのように、何日かウォーミングアップをしていたその時、その人は現われました。その瞬間、私は何も考えずに、その人にカメラを向けてシャッターを切っていました。

「ちょっと、待って! 今あなた私を撮ったでしょ? 2枚撮ったわよね?シャッター音が2回したわ!」ある程度予想してた事とはいえ、その場で凍り付いてしまった私でしたが、勇気を出して、その人にまず謝り、私も逆の立場だったら同じことを、言ってたかもしれないということ、声を掛けたら自然なあなたが撮れなかったということ、そして写真もフイルムも後日渡す事を約束しました。この人も話しているうちにだんだん落ち着いてきたようで、始めのきつい言葉を私に詫びて、ご自分の事を話し出し、私の写真活動を励ましてくれました。この人と私の間には短い時間、そこに奇妙な友情関係が生まれました。

後日、その人の写真をキャビネサイズで焼いた物を見て、その人の険しい視線の先には確かな私の存在がありました。昨日まで自分の存在を消してしまいたいと思っていた私の、、、、、、、、、、。

私はこの日、この人から、人の写真を撮っていくための洗礼を受けたように思います。それから私は、毎日のように街に出て「人」を撮り続けてきました。最初のこの体験から、写真を撮る前後は、可能な限りコミュニケーションを取るように心掛けました。確かにカメラを沈黙したまま向けられるのは不快なものです。当然、撮る対象が「人」なので撮影を断られたり、写真を撮る為に一日中、街を歩いていても撮りたいと思う人に出会わなかったり、また考えられないアクシデントにも見舞われました。

しかし、これは写真を撮る者にしか解らない事ですが、自分が撮りたいと頭の中で思い描いていた人に出会ったり、この写真はいけると確信した時の喜びは、それまでの苦労など一瞬にして吹き飛んでしまいます。またカメラを持たなければこの人達は、私にとってただ眺めているだけの存在でした。しかし、彼らが写真を撮らせてくれるという行為は、カメラを持った私自身を受け入れてくれる行為でもあり、私に生きて行く自信を、徐々に取り戻させてくれました。

写す人の対象を、ある特定のカテゴリーの枠の中で選択したものではなく、あくまで自分が感じた人だけを、対象として選んできましたので、東京のある狭いエリアだけでの撮影だったのですが、色々な国籍、年令、職業の人々と接することが出来ました。

このわずかな瞬間に、街で出会って、私の前から立ち去って行った人々を、単に記録としての写真ではなく、一枚の作品として撮影してきました。その後、何人かの方とは、またお会いする機会もありましたが、ほとんどの方とは、、、、、たぶん私の人生の中で、もう二度と会う事はないでしょう。

すべてのものが、人生の中で、街を歩いている人々のように、現われては過ぎて行く、、、、。写真は時と共に変化していく行く、「それらのもの」の瞬間を瞬時に写し取れる唯一の表現手段だと改めて思います。 たとえば「人」を写している場合、その人のちょっとした心の動きが、ほんの何分の一秒かのカットからカットの間にも、違う表情となってそこに写し出されています。

また、多くは街の雑踏の中で撮影しているにも拘わらず、その人と一対一で向き合い、撮影したものは、なんと静かに深くその存在が、こちらを見つめているのでしょうか。

一期一会、この短い人生の中で、写真に撮られる為に、ほんの一瞬だけ私と時を共有した、私の写真の中の人達。その一人、一人の視線のこちら側には私の存在があり、他の人を撮りながら、私自身を写して来たように思います。

                               2004.11
                               児玉 姫子
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